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─28─ 事実

Penulis: 内藤晴人
last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-19 20:30:00

 そして、夜が明けた。

 常ならば父や母の好物や花を手に、人目を避けるように家を出て墓参をしていた、父の命日が来た。

 ようやくその無念を晴らすことができた、騎士籍を取り戻すことができた。そう父母に伝えられる日が。

 が、ユノーはなぜかよからぬ胸騒ぎを感じていた。

 適当な口実で不審がる祖母をはぐらかし、一足早く家を出た。

 まだほとんどの店が鎧戸(よろいど)を閉めていて人通りがまったく無い街を、一路墓地へと向かい走る。

 開門直後の入口は、既に先客がいたのか、僅かに開いていた。

 さらに嫌な予感がした。

 ユノーは思い鉄製の扉を押し開く。

 墓地に溜まる邪気が街に流れ込むのを防ぐ結界でもある扉を通り抜けた途端、ユノーはある物を感じた。

 押さえ込まれながらも溢れ出ようとする哀しい『力』の波動。

 これと全く同じ物を、ユノーは以前ごく最近感じたことがある。

 それは忘れもしない、ルドラの最終決戦の後……。

 なるべく自分の気配を消しながら、ユノーはその『力』の波動が来る方向へ足を向ける。

 記憶が確かであれば、滅多に足を運ぶ人もいない区域──皇帝に対する逆賊者をまとめて埋めている場所から流れてきている。

 苔むした道を歩くユノーの足は僅かに震えていた。

 鬱蒼(うっそう)と茂っていた木々が次第にまばらになる。

 その木々の中、申し訳程度に整地された草むらに、やはり申し訳程度の粗末な石塔が建っている。

 その前で祈る人の姿が見えた。

 無造作に束ねられたセピアの髪が、風に揺れている。

 その人が祈り終えたとき、だが現れるはずのあの光の群は、浮かび上がっては来なかった。

 信じがたい現実。

 言葉もなくユノーは木の幹にもたれかかる。

 静けさの中、ユノーが良く知るその人の声が、いつもと同じく無感動に告げる。

「罪人の魂が浮かばれないと言う伝承は本当らしいな。ここで何度祈りを捧げてみても、誰も天に呼ばれて行こうとはしない」

 すでにユノーの存在に気付いていたのだろう。

 
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